公民館にボランティアの方々が入ってきた。みな泥だらけだ。
時刻は丁度十二時になるところだった。おいらの残りの滞在時間も三時間あまり。
さあ、これからがおいらたちの腕の見せ所。
我々ゲリラ的ボランティアの力を見せてやれ。
それから一時間ほど正規のボランティアの方々に給仕をしまくった。
給仕はボランティア活動の部類に入るのだろうかと逡巡しながら。
でもあまり頓着しないで、自分のやるべきことをやろうと考えた。
AYAも汗をかきながら笑顔で一生懸命仕事をしている。
「カレーノ、オ替リアリマスヨ〜」
そう声を投げかけるAYAは美しかった。
200人近くの食事が終了しそうな頃、このままこの公民館で災害ボランティアの
解散式を行うという。この頃には新聞社の記者やカメラマンもやってきて取材を
していた。おいらたち偽ボランティアは他人事のようにその様子を眺めていた。
ボランティアの代表者が総括を行い、頑張って三宅島を復興しようと息巻いて
演説していた。拍手でみな応じる。
その様子をカメラマンがパシャパシャと写真を撮りまくる。
勿論、ボランティア正規員と違って、我々非公認ボランティアは当然陽の当たる
場所にはいない。奥の方で白けた目線で見てた。こういう雰囲気は嫌いだ。
何だか押し付けがましくてね。
今度は地元民代表として、アカコッコ荘のおかみさんがマイクを向けられ
災害ボランティア参加200名の方々に対して感謝の挨拶の言葉を述べはじめた。
新聞社のフラッシュがおかみさんを照らし出す。だけれども失礼なマスコミもいて、
おかみさんの顔の鼻先までカメラを持っていって、フラッシュをたいて
撮っている奴もいた。なんて失礼な奴だ。
おい、お前らマスコミだからって何でも許されると思うなよと心の中でつぶやく。
最後にカレーを差し入れしたおかみさん連中が前に整列して、全員でお辞儀をしていた。
と、その時おいらの近くでAYAが柱の影に隠れるようにしていた。
まるでかくれんぼをしているかのように。
丁度、新聞社主催の記念撮影のような形になっていたので、おいらはAYAに向かって
「おかみさん方みんな写ってますよ。一緒に写ってきたらどうです?
明日の朝刊にでも掲載されるかもしれませんよ。」
と言った。するとAYAは
「私ハイインデス。写真ニハ写リタクナインデス。」
と、写真に撮られることをAYAは頑なに拒否した。写真嫌いだからというような
反応ではない。何があっても写真には写らないと決めている素振りだ。
不安げに彼女の瞳が曇り出す。おいらが彼女達の立場だったら我先に、一番いい
ポジションで写真に写りにいくタイプの人間なので、AYAの態度は不思議で
しょうがなかった。
しかし、その理由も後になって分かる。
後々までおいらが彼女に向けて話した言葉が、正義の味方のはずの自分自身を
後悔で苦しめることになる。