「+Diary:s」 blog no.10 - hiro onodera
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「2005年03月」のアーカイブ
2005.03.14 | Posted by

「ニゲテキタ?」
おいらはおかみさんの言った意味が分からなくて、首を傾げながら口の中で
モゴモゴと復誦した。
逃げなければならない状況って何なんだ?何から逃げるのだろう?
どうして逃げるのだろう?って即座に思った。
日本の中で凶悪犯罪や詐欺まがいの事件や借金による自己破産が増えている
からといって、生活していた場を捨てて島に逃げるなんてよっぽどのことだろう。
そんな話は聞いたことがない。
いったいAYAの身に何があったんだろうか?
続きを早く知りたくて、全身耳のように神経を張り巡せる。
しかし、次のおかみさんの台詞を聞いたとたん、目の前が真っ白になるほどの衝撃を受けた。

おかみさんは低い声で続ける。AYAは目線を落として身を硬くしている。
「AYAちゃんはね、悪い人に騙されてフィリピンから日本に連れてこられたの。
彼女が16歳ぐらいの頃ね。案の定、暴力団に売られちゃってね。東京の繁華街で嫌々
身体を売らされていたらしいの。ほとんど監禁状態みたいなかたちでね。
でもそこでの生活があまりに過酷で、辛くて辛くてしょうがなかったから、
ある日とうとうそこから逃げ出したらしいの。人間らしい生活をしたくてね。
でも暴力団にAYAちゃんのパスポートも取り上げられていたから、自分の国に
帰ることもできなかったのね。
所持金もほとんど持っていなかったから、着の身着のまま逃げつつ辿り着いたのが
この三宅島だったっていうことなの・・・。」

自分の頭を殴られたような衝撃だった。何も言葉がでなかった。何も考えることが
できなかった。自分の目が大きく見開いているのが自分自身でもわかった。
目の回りの血管がジンジンと痛み出す。
AYAは伏目がちに床を見ている。
おかみさんの言葉を聞き終わり、AYAの落ち込んだ姿を見ておいらに訪れた感情は、
他でもない「怒り」だった。それは並大抵の「怒り」の感情ではなかった。

とにかく怒っていた。何に対して?分からない。おいらの頭の中で、冷静に分析
できるほどの力が割り当てられていない。体中が熱くなる。
彼女の過酷な運命に怒っていた。自分の無知に対しても怒っていた。
彼女を騙した奴にも怒っていた。彼女を悲惨な生活に貶めた奴にも怒っていた。
彼女の「身体」を買った奴にも怒っていた。不躾な質問をした自分にも怒っていた。
噴火を続ける三宅島の雄山にも怒っていた。
怒りのパワーが沸々とおいらの心の中で煮えたぎっていた。

AYAはずっと暗い顔をしている。彼女の瞳は何を映し出しているのだろう?
十年前のことを思い出しているのだろうか?
だが、おいらは今しがた理解できた。現在のAYAの置かれている立場は、
十年前に三宅島に逃げてきたという過去形なのではない。
今も逃げ続けている現在進行形なのだ。

2005.03.12 | Posted by

作者が気まぐれを起こした為、本日号をお休みさせて頂きます。
われわれ【シロウサギニ告グ】は、ファンレターを待ち望んでいます。
感想を切望しています。
こんなの面白いんだろうか?誰もこんな文章を読んでいないんじゃないだろうか?
疑心暗鬼です。
何ダカ書クノガ疲レテシマッタヨ・・・。

2005.03.11 | Posted by

怒涛のような昼食・セレモニーもやっと終わった。給仕の仕事も終わった。
食べ終わったお皿などの片付けも終わった。
これでほんの僅かでも人様の為になるようなことができた。
俺はやったぞ俺はやったぞって感じ。
正義の味方も一安心。

公民館の中には今日も夏のジリジリとした南国の太陽の光が差し込んでくる。
つられてセミも鳥も鳴きだす。窓から吹き抜けてくる潮風がたまらなく心地いい。
みんなで一息つきながらAYAやおかみさんなどの給仕メンバーで談笑する。
午後の祝福なひとときだ。
そこで新たに分かったことはAYAはおいらと同い年で、普段は忙しい民宿を
回りながら食事を作る手伝いなどをしていること、島の人たちはみなやさしく
彼女に接してくれていることなどを知る。
でも、そんなやさしさを彼女が甘受できるのは、AYAの飾り気のない
人間的魅力に基づいた力なんだろうなとおいらは感じた。そんなに多くの言葉を
交わしたわけではないが、彼女の持つ和やかな雰囲気、テキパキとした素振り、
島の人々の彼女への接し方をみていると本当にいい娘なんだろうなと感じた。
もし学生時代に同じクラスメイトだったら、おいらは絶対に惚れちゃうんだろな。
そしてラブレターなんか手渡しちゃって
「つきあってください」
って、告白しちゃうような女性なんだろうなって勝手に思っていた。
それを彼女が快く受け入れてくれるかは定かではないが。
人間的魅力に、国籍なんか関係ないよね。

皆さんと輪になって、他愛もない「八丈島と三宅島のくさやの味の違い」
について話が盛り上がる。一通り談笑。
そして、おかみさんからは、
「いろいろ手伝ってくれてありがとうね。本当に感謝してるわ。」
との儀礼的ではない、素晴らしく心のこもった感謝の言葉と笑顔をもらった。
何だか照れるな、たいしたことしてないのに。
他のおかみさん方からもお褒めの言葉を頂いた。
普段日常生活で誉められたことがないから、照れまくる正義の味方。
正規ボランティアにならなくて良かった。
三宅島に来て良かった。

暫くAYAさんとおかみさんとチカラの4人で三宅島の今後について
一通り話し合った後、車の中からおいらが気になっていたことを
AYAさんに質問してみた。
それは素朴な質問なはずだった。
「AYAさんはもう長いことこの島で働いているみたいだけど、
どうしてこの島にやってきたんですか?」
サラリと聞いたつもりだった。
しかし、AYAの代わりに答えてくれたおかみさんの台詞により、おいらは
言葉を失った。
そう、全てが変わってしまったのだ。おいらの心は使用前と使用後くらい劇的に変化した。

おかみさんは少し額に皺を作りつつ、笑顔が消えた顔になっておいらにささやいた。
「AYAちゃんはね、この島に逃げてきたのよ。」

2005.03.10 | Posted by

公民館にボランティアの方々が入ってきた。みな泥だらけだ。
時刻は丁度十二時になるところだった。おいらの残りの滞在時間も三時間あまり。
さあ、これからがおいらたちの腕の見せ所。
我々ゲリラ的ボランティアの力を見せてやれ。

それから一時間ほど正規のボランティアの方々に給仕をしまくった。
給仕はボランティア活動の部類に入るのだろうかと逡巡しながら。
でもあまり頓着しないで、自分のやるべきことをやろうと考えた。
AYAも汗をかきながら笑顔で一生懸命仕事をしている。
「カレーノ、オ替リアリマスヨ〜」
そう声を投げかけるAYAは美しかった。

200人近くの食事が終了しそうな頃、このままこの公民館で災害ボランティアの
解散式を行うという。この頃には新聞社の記者やカメラマンもやってきて取材を
していた。おいらたち偽ボランティアは他人事のようにその様子を眺めていた。
ボランティアの代表者が総括を行い、頑張って三宅島を復興しようと息巻いて
演説していた。拍手でみな応じる。
その様子をカメラマンがパシャパシャと写真を撮りまくる。
勿論、ボランティア正規員と違って、我々非公認ボランティアは当然陽の当たる
場所にはいない。奥の方で白けた目線で見てた。こういう雰囲気は嫌いだ。
何だか押し付けがましくてね。

今度は地元民代表として、アカコッコ荘のおかみさんがマイクを向けられ
災害ボランティア参加200名の方々に対して感謝の挨拶の言葉を述べはじめた。
新聞社のフラッシュがおかみさんを照らし出す。だけれども失礼なマスコミもいて、
おかみさんの顔の鼻先までカメラを持っていって、フラッシュをたいて
撮っている奴もいた。なんて失礼な奴だ。
おい、お前らマスコミだからって何でも許されると思うなよと心の中でつぶやく。
最後にカレーを差し入れしたおかみさん連中が前に整列して、全員でお辞儀をしていた。

と、その時おいらの近くでAYAが柱の影に隠れるようにしていた。
まるでかくれんぼをしているかのように。
丁度、新聞社主催の記念撮影のような形になっていたので、おいらはAYAに向かって
「おかみさん方みんな写ってますよ。一緒に写ってきたらどうです?
明日の朝刊にでも掲載されるかもしれませんよ。」
と言った。するとAYAは
「私ハイインデス。写真ニハ写リタクナインデス。」
と、写真に撮られることをAYAは頑なに拒否した。写真嫌いだからというような
反応ではない。何があっても写真には写らないと決めている素振りだ。
不安げに彼女の瞳が曇り出す。おいらが彼女達の立場だったら我先に、一番いい
ポジションで写真に写りにいくタイプの人間なので、AYAの態度は不思議で
しょうがなかった。
しかし、その理由も後になって分かる。
後々までおいらが彼女に向けて話した言葉が、正義の味方のはずの自分自身を
後悔で苦しめることになる。

2005.03.09 | Posted by

公民館の前に来ると、さすがにこれまでののんびりした南地区の雰囲気とは違って、
被災地の最前線という感じがした。他の地元民もなんだかピリピリしてる。
街並みは火山灰がうっすらと降り積もり閑散としてる。所々に小石が転がっている。
土石流が起きた場所も近い。災害地にいながら、これまでシリアスな場所を
目の当たりにしていなかったので、緊張感でいっぱいになる。それと同時に
三宅島の未来について思わず考え込んでしまう。
本当に噴火がおさまらなかったらどうなるんだろうか?と。

AYAとおかみさんはその公民館に集まった方々とも懇意らしく、みな笑顔で
話しかけていた。AYAがアカコッコ荘に集まったおかみさん達や北地区の
様々な人と談笑しているのを見ると、普通にこの島に受け入れられているのを感じた。
フィリピン人であるAYAがこの島で受け入れられている姿を見ると、
何だかうれしくなってしまった。三宅島の人たちは本当に心やさしい。

一通りの挨拶が済むと、カレーの搬入作業が始まった。また平常心のような顔を
無理して作りながら、わっせわっせと鍋を運んだ。
公民館の中に畳の部屋があり、机が「ロ」の字に並んでいた。そこでボランティアを
して頂いた方々に食事をしてもらうのである。AYAとおかみさんと公民館に
集まっていた地元の方々が、次々とカレーを皿によそっていく。
おいらたちは慌しくカレーと飲み物と一緒に200人分机に置いていく。
そんな作業をしながらも、さっきのおかみさんの話が気になってしょうがない。
早くおかみさんの話の続きが知りたかった。AYAとももっとお話がしてみたかった。
その為には早く仕事を終わらせよう。
持ち前の好奇心がおいらの心の大きなウェイトを占めていた。

その時だった。結構大きな地震が起きた。震度3〜4くらいだろうか。
公民館の中では女性の小さな悲鳴が沸き起こる。
島自体が沈没しちゃうことはないよなって思いながら地震がおさまるのをひたすら待つ。
揺れは数十秒続いた。やっぱり今の三宅島は危険だということを再認識した。
さすがに三宅島に降り立った直後、仙台の実家に連絡をいれておいた。
おいらが海外など危険な場所に赴く際には必ず行う儀式でもある。
予想通り受話器からは母親の怒声が飛んでくる。
何でそんな危険なところに行っているのだ、と。
しょうがないよね、正義の味方なんだから。

そうこうしている内に、ボランティアの方々200名が火山灰撤去の仕事を終え、
続々と公民館に集まってきた。みんなまるで戦場から帰還した兵士のように
勇ましい姿をしている。俺はやったぞ俺はやったぞって感じ。
おいらたちは現場に行けなかった負い目を感じている為であろうか、
みな晴れ晴れとした姿で神々しく感じる。災害ボランティアしてみたかったな。
でも兵站部隊も立派なボランティア活動なんだとチカラと二人して慰め合う。
少し羨む正義の味方。

2005.03.07 | Posted by

目が点になった。文字通り目が点になった。自分で質問しておきながら。
そう、彼女は三宅島の地元民ではなかったのだ。ましてや日本人でもなかったのだ。
別に日本人じゃないからといって驚くことはない。そんなにおいらの器量は狭くない。
フィリピン人にだって特別な偏見はもっていない。東京で生活していれば沢山の
外人が街中を歩いているし、生活もしている。六本木なんて外人の方が多いくらいだ。
おいらだって、外人相手は慣れている。
でも、日本人だと思っていたのに、それが間違いだと知るとえらく動揺してしまう。
それくらいAYAは外見上日本人とまったく区別がつかなかった。

動揺しながらも、おかみさんの一言で頭の中がフル回転する。
どうしてこんなに日本人と見間違うくらい日本人に似てるんだろう?
なぜこんなに日本語がうまいんだろう?なぜフィリピン人なのに日本名なんだろう?
なぜ噴火している危険な三宅島に居続けるのだろう?なぜ彼女は寂しそうな
雰囲気で包まれているのだろう?なぜこんなに三宅島の地元の方々と溶け込んで
いるのだろう?
沢山の?マークが頭を過ぎる。
正義の味方は混乱していたが、車はどんどん先を急ぐ。AYAはおかみさんの
台詞に特に頓着することもなく、少し首を傾げながら後部座席のおいらたちに、
またはみかみながら微笑んだ。彼女の黒くて大きな目が「へ」の文字のようになった。
おいらの中ではおいらとチカラ二人への笑顔ではなく、自分だけへの笑顔と
ポジティブに受け取ったのだが。彼女の笑顔を独り占めしたいと思えるくらい、
それはそれは南国の島に咲くハイビスカスのような魅力的な笑顔だった。

鼻の下を延ばしているその時、隣のチカラが叫んだ。
「あっ!雄山だ。煙でてるぞ。」
車の右側の窓をみると、そこには噴火活動を続ける雄山が見えてきた。山頂付近
からは濛々と白煙を上げている。それは相当な高さまでになっている。
アカコッコ荘からは、雄山は見えない位置にあったから事実上の初対面である。
緊張感の為少し手に汗を握りしめた。おいらは雄山に向かって「頼むから噴火が
静まってくれ」と心の中で雄山にささやかなお願いをした。

目線を雄山から助手席に戻し、矢継ぎ早に頭に去来した質問をしたいのを堪えて、
当たり障りのない会話をAYAとする。
「この三宅島で働いているんですか?」
「エエソウデス、隣ノ民宿デ働イテイマス。時々アカコッコ荘ニモ、オ手伝イシニ来マス。」
「どれくらいの期間、民宿で働いているのですか?」
「モウ、十年間働イテイマス。コノ三宅島デ。」
少しずつ謎が解けていく。AYAはこの地域にある何件かの民宿で手伝いながら、
長期間働いている。
どうりで他の民宿のおかみさん達とも仲がいいはずだ。日本語も上手なはずだ。
カレーを積んだワゴン車は北の住居地区に差し掛かってきた。道路も北地区に
向かうにつれ、石がゴロゴロと道路上に放置されている。
ツイスターの格好も、もう少し。

再びソフト路線で質問をしてみる。
「AYAさんっていう名前は日本人の名前ですよね。日本人とのハーフなんですか?」
「ウウン」
彼女は首を横に振った。AYAが続けて答えるよりも早く、おかみさんが口を挟んだ。
「AYAちゃんっていう名はね、みんなで考えてつけてあげた名前なのよ。
彼女にピッタリな名前でしょ?」

また?マークが続く。何故名前をつけてあげなければならないのだろう?
何故本名で彼女を呼ばないのだろう?何がいけないのだろう?
AYAともっとお話したかったのだが、車がボランティア基地の最前線でもある
公民館に到着した。というより、到着してしまったのだ。
正義の味方は誰にも悟られぬよう心の中でほんの少し舌打ちをした。

2005.03.06 | Posted by

いつもの2倍の筋肉を使いながら、女性がいる手前笑顔で運搬作業を終わらせて
おいらたちは無事車に乗り込んだ。
流石に200人分のカレーとご飯というのは結構な重さだ。
ワゴン車には運転手におかみさん、助手席にAYA、後部座席でカレーが
ひっくり返らないように押さえているのがチカラとおいら二人の仕事。
おいらたちはツイスターゲームのような格好で鍋を押さえながら、車の振動に耐える。
結構みっともない姿を曝しているぞ、正義の味方。

車に乗った後に、おかみさんから紹介されて初めてAYAと言葉を交わした。
「こちらボランティア(?)で来て下さったオノデラさんとチカラさん。
こっちの女の子はAYAちゃんよ。」
AYAは少しはにかみながら、おいらたちに挨拶をした。
「コンニチワ」
おいらははいつものシャイな部分を覆い隠して
「宜しくお願いします。」
と好青年を装って答えた。
正義の味方の物語には、ラブストーリも必要だ。いや、必須条件だ。
凄惨な被災地でこうゆう出会いがあるもんだと、妙に納得していた。

おいらの想いとは裏腹に、おかみさんとAYAは今日出航する船の時間について
話し合い始めた。ボランティアの方々もおいらたちも午後三時半に三宅島を出る船で
帰る予定だったのだ。現在の時刻は十時半。ボランティアの方々が食事する公民館を
往復しても十分間に合う。

何となしに聞こえてくる彼女らの会話が耳に入ってくる。こちらはカレー鍋を
押さえつけるので精一杯だから、なかなか会話に入り込めずにいた。
そのような状況の下、おかみさんとAYAの二人の会話だけを聞くだけの羽目に
陥っていた。
だが、何となくAYAがしゃべる日本語に違和感を感じた。カレー鍋を押さえながら。
そう、仙台弁で「いずい」というやつである。
正式には「なんだかいずいなや」って感じ。
暫く彼女たちは出航時刻に遅れないようにおいらたちを送って行く段取りについて
話し合っていたのだが、そのうち段々と自分自身の好奇心を抑えることができなく
なってきた。何度聞いても彼女のイントネーションがおかしい。
一歩間違えれば大変失礼な言葉になる為、普段なかなか口にだせない台詞を
おいらは我慢できず(恥ずかしげ)に口にした。
「AYAさんって、日本人なんですかねぇ?」(語尾は小声で)
するとAYAが答える代わりに、すかさずおかみさんはこう言った。
「全然日本人と区別がつかないでしょ。AYAちゃんはね、日本人じゃないの。
彼女、フィリピン人なのよ。」

2005.03.05 | Posted by

AYAはおかみさん達が談笑する輪の外側でひっそりと立っていた。
おいらは彼女を見て、少しビックリした。何故ならこのアカコッコ荘に集まってきて
いるのが自分の母親と同じような年老いた女将さんたちの中で、同じ年頃の
若い女性が来ているとはまったく思っていなかったからだ。
まあ、彼女が結構可愛いいという事実もあったのだが。

AYAは健康的に日に焼けた肌で、いかにも南国の島にいる女性という感じがした。
ジーンズにピンクのTシャツの上に黄色いエプロンを身につけていた。
今までカレーを料理してきたためであろう、長い髪は赤いゴムで止めていた。
ここが噴火の続く災害地ということだけを除けば、夏休みに民宿アルバイトをしにきた
女の子みたいに思えた。現実には、そんな危ない島でアルバイトを続ける女性はいるまい。
今、カレーを持って集まってきているおかみさん連中も、昔からこの島に住んで
いらっしゃる方々で、この被災の状況がいつまで続くのか気を揉んでいるに違いない。

おいらはこれまで様々な島を訪れて来たが、島に住み続けている若い女性というのは
あまり見たことがない。いても、観光客であったりアルバイトの為に仮初めの
生活をしている方が全然多く感じる。あくまでも想像だが、妙齢に達すると
仕事であったり好奇心であったりなどの様々な理由で、島から出て行ってしまう
のではないだろうか。

だから、若い女性が存在すること自体がちょっと不思議な感じがしたので、
おいらは思わず不躾な視線を浴びせてしまった。
彼女と視線が合った。
AYAは瞳に力があったのが印象的だった。
だが、その瞳の力の出所が何なのかは後ほど知ることなる。

カレーが出来上がるまでの待ち時間は悪くないものだった。
噴火が続いているという事実を除けば。おかみさんたちとは現状の島の生活に
ついて聞いたり、噴火直後の島の様子や、ボランティア達や全国から集まる支援物資
などの暖かい援助についてや、午後に出航する帰りの東海汽船の運航状況などについて
話し合っていた。
そう、おいらたちのヴァカンスも本格的な終焉を迎えそうなのである。
だが、潮風を感じながらの楽しい会話を続けていると、おいらを取り巻く心地良い
状況が決して噴火が続く災害地とは思えなかった。
それは到着した昨日から続いているのである。

AYAはエプロンのポケットに両手を入れて、おかみさん達の傍で佇んでいた。
特に会話に入ろうというのではなく、何だか寂しげな横顔だった。しかし、
そんな様子は億尾にも出さず、地元のおかみさん連中と同じ雰囲気の中で
同化しているような感じだった。
まるで女子高の昼休みに、教室で活発なクラスメイト連中が話しているのを、席に
だまって座わりながらその会話に耳を傾けている大人しい生徒という感じで。

アカコッコ荘のおかみさんが、カレーを単一の味にする作業を終え、再び5,6個の鍋に
入れ替えた後に、その鍋をワゴン車に運搬する仕事が始まった。
AYAは他のおかみさん達と同じようにエプロン姿のままで、運び出される
カレーを次々と車に乗せていった。
慌ててチカラと俺が重いカレーの入った鍋を運び出す。男の子だからね。
見せ場だ!正義の味方。

2005.03.02 | Posted by

作者が取材の為、本日号をお休みさせて頂きます。次回より新展開(後半)が始まります。
やっと出てきたAYAなる女性は、一体何者なのだろうか?主人公オノデラにとって
どんな女性となるのだろうか?正義の味方の正体は誰なのだろうか?
息もつかせぬ急展開に乞うご期待。

2005.03.01 | Posted by

夜になり、余震が続く中で俺たちは何事もなかったかのように粛々と眠り続けた。
しかし、寝入った直後は、地震にも敏感になっていた。たまに部屋の電灯が揺れる
くらいの大きさの地震がやってくると、
「やばい、この民宿潰れるんじゃない?」
って思っていた。
だけど、あまりに頻繁に揺れていると電車の中で爆睡できるのと同じ原理で、
結構揺れが気持ちよくなって簡単に寝入ってしまう。
人間、慣れって恐ろしい。

災害地に不似合いな清清しい次の日の朝、鳥たちの囀りで起きてしまった。
嘘みたいなホントの話である。まるで少女漫画の世界だ。
潮風を感じながら、朝日が眩しく見えて、小鳥が囀る神々しい島。
でもおいらの隣の布団には、可愛い女の子ではなくて学生時代から見慣れている
チカラのだらしない寝顔。しかもここは噴火・地震・土石流災害の一等地。
あまりのギャップに、結構シュールだなってその時おいらは感じた。

おかみさんに朝の挨拶をして、歯を磨く。おかみさんも相当夜遅くまでカレーを
作っていたみたいだ。
それを感じて、一人自分の心の中でアイデンティティーを再確認する。
今日こそはちゃんと人様の為に働くぞ!俺は正義の味方なんだ!、と。

寝ぼけながら起き出したチカラと共にのんびり朝食なんぞ食べていると、
続々と地元の方がカレー鍋を手に、このアカコッコ荘に車で集まってくる。
何をしてるんだろうかなって思って見てたら、みんなで持ち寄ったカレーを合わせて、
味を均等にしてた。やっぱりそうすると、誰が食べても癖のない普通のカレーに
なるんだろう。
それで感じていたのが、例えば各家庭で作ったカルピスを持ち寄って一つのビンに
入れたら、甘すぎもしない、薄すぎもしない標準的なカルピスの味が出来上がるんだろうか?
っていうこと。各カレーを一つの鍋に入れて煮込む作業を見ながら、そんなことを
考えているおいらの脳みそはやっぱり腐っているらしい。

カレーを持ってきた地元の方々が、外のテラスで自分たちに課せられた仕事を終え、
皆さんで談笑していた。
みなこれからの三宅島での生活に対する不安感を消し去るように明るく
振舞っているように見えたのが印象的だった。
最終的なカレーの味付けが終わり、さあ待ってましたとおいらたち正義の味方が
巨大な鍋を車に運び出そうとした時、彼女は黄色い声を出しているおかみさん達の
一群の中にいた。
そう、三宅島が噴火したその年の一夏中、その存在を忘れることができなかったAYAが
俺の目の前にいた。

2008年07月02日
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