[cast] 神保 哲生, 宮台 真司
ギリシャ哲学における「自由」の概念的対立が現代のさまざまな問題にも当てはまるという話はとても興味深かった。
・キュニコス学派(⇒ストア学派):
快楽から身を遠ざけることで自由になる
・キュレネ学派(⇒エピキュロス学派):
快楽から身を遠ざけようと身構えることは逆に快楽に捕らわれることになる
→快楽への参入・離脱の自由こそが真の自由
現代の日本の状況に置き換えると、社会のノイズ的要素を人々から遠ざけよう・見せないようにしようとする方向(「隔離化」)と、人々の社会生活上のリテラシーを上げていこうという方向(「免疫化」)、だと。
上の2つの対立は、結局のところ個人の「強さ」にどれほど信頼をおくのかという話であるような気がする。誰もがキュレネ的な「自由」を実現できるだろうか。快楽におぼれたり社会のさまざまなノイズに振り回されたり、まさにリテラシーの問題。ぜひ社会が「免疫化」の方向で成熟していけばいいと思うし、個人的意気込みとしても常々エピキュリアンになりたいなと思ってはいるけれど・・・。