今日のタタドはコンスタントにコシ。
台風9号の波残りが南南東から入ってきて,セットを待つことなく楽しめる。
ビーチブレイクのタタドは地形が変わったのか,これまでのライトだけでなくレフト側でも波が立つようになった。ロング向けの緩く立つ波で,沖の方からゆっくりパドルをすれば,うねりから乗せてくれる。
海水浴客がいなくなり,ビーチが静かになる9月は秋に向けて空も高くなり,波待ちも楽しめる。遠い沖合いから次々と来るうねりを,海面に浮かんだままずっと眺めていると,距離や時間の感覚が伸縮していくようで心地よい。
赤道に沿って西へと吹き続ける貿易風が海面に細波を作り,それがやがてうねりになる。うねりの速度は凡そ時速50キロ。ポリネシア文化圏で発生したうねりは,日付変更線を越え,スターナビゲーションで知られるミクロネシア文化圏を通り,フィリピン諸島の東をかすめ,黒潮海流に乗り,速度を増して日本へと近づく。
ガラスクロスに包まれた板の下から感じるうねりの振動は,アジアの東南部,その先にある赤道から発生したものだ。思えば波乗りの起源は古代ポリネシアではなかったか。
ここは,数千キロ離れた島々と,太平洋を大きく時計回りで廻るうねりにより,結びついている。
国家レベルの,経済的な得失や,力関係による結びつきではなく,地球レベルの,風と海流と,それらが運んだ文化による結びつき。
世界の警察を自称するあの大国の大統領の姿を,日本のメディアはこの頃すっかり出さなくなった。
あの国が空爆を行い,収容所内で拷問を行い,またそれにこの国が加担し始めた頃は毎日のようにその姿を流し,好むと好まざるとに関わらず,大国との紐帯が必要であることを提示していたのに。
身を守るための他者への攻撃という熱が冷めて見えてきた「こちら側」の理不尽な振る舞いのなかで, 日本のメディアが報じた「収容所内での虐待」について,インターネットで見ることのできるアメリカのニュースソースでは torture(拷問) と表現していた。一定の管理下で,抵抗できない者に対し,組織的に苦痛を与えることは 拷問 であるはずなのに,なぜ日本のメディアは 虐待 と表現したのか。
ほどよいうねりに合わせてパドルし,ノーズに重心を移動させると,板が滑り始める。
波乗りの良い点は楽しみがとてもシンプルであること。
そして太平洋を巡る,文化や言語や自然との繋がりを感じることができること。