パキスタン北部の「桃源郷」より、プロペラ機で下山(この飛行機からの眺めはかなりなものです、すばらしかったです)。ラホールに1泊し、翌朝パキスタン−インド国境を目指しました。
ラホール駅前より乗合バスに乗って、国境の町ワガまでは1時間ほど。ラホールを出てからしばらくは、通りは商店やら学校やらでとても賑わっていました。パキスタンの現大統領(ムシャラフ氏だったか)は、教育にたいへん力を入れているみたいで、わが国を引き合いに出し「日本には大学が5000校もある。なのにパキスタンは・・・」というような事を言っているらしいです(パキスタン人に「日本に大学は何校あるのだ?」なんて聞かれて、とても困りました)。まあ、そのせいかどうかはわかりませんが、とにかく通りには学校がたいへん目に付きました。
国境手前の最後の町らしき場所(ここがおそらくワガの中心地なのでしょう)で、ラホールからの客はすべて降りてしまって、かわりに大きなズタ袋に日用品を満載にした若い男と少年の2人組み(彼らは日用品のほか別のズタ袋に巨大な氷の塊を入れてバスで運んでいた、4袋も)、古い大きな扇風機を担いだ男、プロパンガスのボンベを持った少年などなど、それぞれ町での使命をはたし帰宅すべしといった風の人々が乗り込んできました。こうなると、バスはもう人々のライフラインそのものといった感じ。
最後の町から10分ほどで、パキスタン側の入国管理事務所に到着。途中車窓から、パキスタン軍の駐屯地らしき場所も見えました。なにしろ壁がすべて迷彩模様なので、間違いのないところでしょう。横には土嚢を積んだ射撃訓練場のようなところもありましたが、ここには黒くずんぐりとした体格の牛たちが、退屈そうにうろうろとしていました。緊張感らしきものは皆無。
しかしまあ、こちらはそれなりの緊張感を持って、パキスタン出国手続きに向かいます。別になにもやましいところはないけれど、出入国ってなんとなく緊張しますね。パキスタン−インドの国境越えは結構厳しい(とくにインド側が)、なんてガイドブックに書いてあったりもして。
パキスタン出国のパスポートチェックはすんなりといくものの(しかし事務員から「チェンジマネーしないか」と声をかけられた。こういうのはもちろん違法ですよねぇ?)、通関手続きで少々てこずりました。5、6人の職員にバックパックの中身を全部ひっくり返され調べられました。
通関手続きをめぐってはいろいろよくない噂も聞いていて、たとえば身に覚えのない「白い粉」がなぜか出てきて、見逃してやる代わりに金をよこせ、というようなこととか、そこまでひどくなくても、ちょっとした品物(日本製のペンやら)を上納するというようなことは、結構あるらしい。いやだなあ、と思っていたら、案の定、制服を着た一番えらそうな男が僕の荷物の中から小さな折りたたみナイフを見つけ出し、「これは危険だから没収する」と言い出しました。飛行機の手荷物検査ならともかく、チーズを切るのがやっとというような小さなナイフを国境で没収されたという話は聞いたことがありません。「ノープロブレムでしょ?」と食い下がりましたが、まったく相手にされず。制服の男はナイフだけ見つけると、あとはもういいよ、という感じで去っていきました。ほかの男たちも「じゃあね、パスポートをなくさないようにね」なんて捨て台詞をはいて、みんないなくなりました。
がらんとした部屋(かなり広かった)で、無残にもぶちまけられた荷物をひとりまたパッキングしなおすというのは、かなり惨めな気分です。フンザで買ったみやげ物の袋なんて、びりびりに破かれてるし。そして、ぼくの折りたたみナイフ! たいした品物じゃないけど、学生時代に旅行先(パリ)で買った、それなりに愛着のあるナイフだったのです。しかし、いまとなっては、ぼくはこう思うことにします。
「ノープロブレム。なにしろ、無事出国できたじゃないか。あのナイフはパキスタンにプレゼントしたのさ!」
・・・というわけで、パキスタンという国には、最初っから最後までやられっぱなしでした。ほんと、よくも悪くも。
さてさて。
出国手続きをすませたものの、国境ライン(ボーダー)まではそこから徒歩で5分くらい、そこからインド側の出入国事務所までも歩いて5分くらいかかります。まあ、たいした距離ではないのですが、何しろ炎天下で(この日の最高気温は39度)、全身から汗が噴き出し頭がちょっとくらくらするくらいの暑さです。
この国境の道では、ちょっと興味深い光景を見ました。
パキスタン側の事務所近くにダンボールを満載した大きなトラックがとまっていて、そこで積荷を下ろしていました。下ろされた積荷は、荷物運びの男たちが頭の上に載せて国境ラインまで運んでいきます。頭上に2つダンボールを載せインド側に向かう男たちの行列、そしてまたトラックへ戻ってくる男たちの行列。例えはよくないかも知れないけれど、それはこっちの穴からあっちの穴へ引越しをする働きアリの行列のように見えました。
国境ラインの向こうでは、インド側の荷物運び人が、同じように行列をなして待機しています。国境ライン上には、「これがすなわち国境である」という証として20センチ幅くらいの白い線が引かれていて、この線をはさんで、パキスタン人とインド人が、お互い線を踏み越さないように、ちょっと背伸びをするようにして、荷物の受け渡しをしていました。このとき、僕は思いました。「国境って、いったいなんだろう?」
そういった荷物運びの男たちに混ざって、炎天下の国境の道をぜいぜい歩き、汗だくでインド側の事務所に到着。室内には、「おつかれさんでした!」というように巨大な扇風機がうなりをあげていて、熱でほてった旅人を強烈に涼ませてくれます。実にありがたい。
そして、インド側の手続きは実にスムーズで、シンプルで、合理的で、近代的でした。良心的ですらありました。こちらとしては、もう一度荷物をぶちまけること(そしてまたパッキングすること)も覚悟していたのですが、そういったこともありませんでした。そんなわけで、ぼくは単純にもこう思いました。「ぼく、インド、好き!」。
こうして、晴れてインド入国。
事務所を出たところには売店があって、ここでちょっと凍ってる冷え冷えのコカコーラを飲みました。最高にうまかった! 一昔前のキャッチコピー、「気分さわやか!」ってやつですね。しばらくすると、子供が2人「コーラちょうだいな」と言い寄ってきました。普段ならその手の物乞いはまったく無視するのですが、なにしろ気分さわやか!なもので、気前よく1本ご馳走してあげました。すると、売店の主人の自称「ジミー大西」氏(本当にそっくりなので大笑い)が、かわりに自分の右手首に巻いていたアクセサリーを僕にプレゼントしてくれました。単純なわたくしはまたもやこう思いました。「ぼく、インド、大好き!」。
・・・以上、長々と国境越えについて書いてしまいました。
ここからは、インド側の最初の都市、アムリトサルについて書きましょう。
アムリトサルは、国境からタクシーで1時間ほど。パンジャーブ州の州都です。このあたりは1947年の印パ分離独立以前は、パキスタン側のラホールとともに、インドでも有数の裕福な地域とされていましたが、分離独立の混乱にあたり、多くの血が流された地域でもあります。もともと、アムリトサルとラホールは同じ州に属していたんですね。それがばっさり、ある日を境に違う国になってしまった、ということのようです。しかし、「横浜と川崎は今日から別の国でーす」といわれたって、それはとても困るだろうなと思います。「今日からこの線を境に、荷物は手渡ししてくださーい」といわれたって。
また、アムリトサルは、シク教徒の聖地としても有名です。
シク教徒のルックスは大変に個性的で、かつてアントニオ猪木と数々の死闘を繰り広げたタイガー・ジェット・シンのような格好をしています。頭にはターバン(ケース)、右手首には鉄の腕輪(カーラ)、ひざから下を出した短パンのようなパンツ(カッチャ)をはき、手には短剣(クーリパン)か槍。さらにこれらに櫛(カンガー)をあわせると、シク教徒必携の5K、ということになるらしいです。さすがに槍をもって歩いている人はごく少数ですが(しかし確かに槍を持って歩いている人がいるのです、この町には)、国境から乗せてもらったタクシーの運ちゃんも黄色いターバンを巻いてたし、多くの人々が熱心なシク教徒であることは間違いないようです。
そして、シク教の総本山、通称ゴールデン・テンプル(正式にはダルバール・サーヒブ)。中央に黄金に輝く本殿。それほど大きくはないけれど、何しろ黄金色で大変に存在感があります。本殿の周りは正方形の堀になっていて、シク教徒はここで水につかったり祈りをささげたりしています。さらにそのまわりは白い大理石の回廊と宗教的な建物の数々。回廊をぐるりとひとまわりすると、さまざまな角度から黄金の本殿と白い大理石の建物郡を眺めることができ、たいへんに美しいです。
ゴールデン・テンプルの周囲の旧市街も大変におもしろい。クリスマスの飾りで使う金色のモールようなものが通りに張り巡らされていて、風が吹くとこれがかさかさと音を立てながら輝いて、不思議な雰囲気をかもし出します。お祭りの中にいるみたい。
それから町は、おどろいたことに、きれいなのです。パキスタンのゴミにまみれた通りを見てきたものにとって、それはほんとうにとても新鮮な驚きでした。だって、朝には通りを掃除している人たちがいるのです!掃除! インドはひょっとしてパキスタン以上に汚いだろう、なんて考えていた自分、ほんともうしわけない。
もうちょっと正確にいうと、やはり旧市街の下水事情はよくないようです。どぶは汚い。でも道路は非常にクリーン(土ぼこりもない)で、朝は店の前を掃除する人々がいるし、その集めたゴミを回収するリアカーみたいのが、狭い旧市街の通りを巡回していたりします。つまり、そこには、町をきれいにしようという意志が確実に存在するのです。そして、意志の存在するところ、かならずや成果はあらわれるものなのです! ・・・そんなわけで、妙に感動してしまいました。
アムリトサルはインドのはずれに位置し、地理的には不便なところにあるので、パキスタンに抜ける(あるいはパキスタンからやってくる)人々、もしくはシク教徒以外に、訪れる人は少ないのではないかと思います。でも、来てみるとけっこう楽しめると思いますよ。とくにゴールデン・テンプル界隈の雰囲気は、イスラムとは違った、もう少し俗っぽい賑やかさがあって。
この先のヒンドゥーの町々も、楽しみになってきました。