「+Diary:s」 blog no.9 - by okumiya.
Contents
RSS(XML)
「2007年08月」のアーカイブ
2007.08.22 | Posted by | 2007年 アイルランド

朝からすっきりと晴れている。すばらしい天気! 実質的に今日がアイルランド最終日。明日の昼には帰国である。旅行してると1週間なんてほんとあっという間だ。今日もダブリンの街を歩くことにする。

ダブリン中心街のほど近くにあるトリニティ・カレッジは、1592年に創設されたアイルランド最古の伝統校である。夏休み中だからなのか、観光客もキャンパス内に入り自由に見学をすることができる。学生の運営するガイドツアーもあり、この日はジェームス君がガイドをしてくれた。賢そうでものすごく感じがいい、育ちの良さそうな青年だった。

それにしても、歴史を帯びた重厚な建物といい緑鮮やかな芝生といい、トリニティは絵に描いたようなイギリス的伝統的カレッジである。ぼくも昔、日本では一応伝統校の部類に入る大学に通っていたけど、もうぜんぜんまったく笑っちゃうくらい違う(芝生のかわりに学生左翼団体のビラが散乱してるようなとこだった)。こういう落ち着いた環境で学生時代を過ごせるのは、きっと幸福なことだろうと思う。そして、こうした環境で育ったジェームス君のような知的でジェントルな若者たちが、将来のアイルランドを担っていくことになるのだろう。

ここトリニティ・カレッジで最も有名なのが、古今の書籍400万冊以上が収蔵されている国内最大規模の図書館である。8〜9世紀に制作されたとされ、その装飾美からアイルランド最高の宝ともいわれる福音書「ケルズの書」もここに収められている。図書館の1階がちょっとした美術館や博物館のようになっていて、ここでケルズの書も一般に公開されている。羊皮紙に描かれたグラフィカルで印象的な文字や挿絵が、1000年以上のときを経てこうしてぼくらに訴えかけている。そう考えると書籍のもつ力の大きさ、歴史の重さを感じずにはいられない。

さらに印象的だったのは、2階にある「ロングルーム」という書庫だ。その名の通り、建物の端から端まである長くて天井の高い部屋で、その両脇にずらっと天井まで古書の詰まった書棚が立ち並んでいる。その空間的存在感はもう圧倒的である(撮影が禁止されていたので写真をお見せできなくてほんとうに残念)。ここに存在する1冊1冊(20万冊あるそうだ)に、数百年から一千年以上の歴史が染み込んでいるのだ。とても生身の人間に太刀打ちできそうにない。思わず後ろにのけぞってしまうような、押しつぶされてしまうような、そんな存在感だった。グーグルは世界のすべての情報をインデックスすることを企業理念としているけれど、いかにグーグルといえどもこのロングルームとその書籍群の持つの空間的・歴史的な荘厳さまでをもインデックスすることは出来ないだろうと思う。ここにいるとそういう発想自体が不遜に思えてしまう。本好きの方は、ぜひ1度訪れるべきだと思います。

***

カレッジを出て、また街をぶらぶらと散策する。みやげ物を見てまわったり、CD屋を覗いたり。楽器屋にも行った。ダブリンの街にはけっこう楽器屋がある。でもそのほとんどは「石橋楽器」とか「池辺楽器」みたいなエレキギター中心の店で、アイリッシュの伝統的な楽器を扱っている店はなかなか見つからなかった。CD屋の店員さんやツーリストインフォメーションに訊いても要を得ず。しかし、ネットで検索したら一発でお目当てのアイリッシュ楽器専門店が見つかった(ここ)。グーグルって素晴らしい!

その店は、いちおう営業してるんだけど、入り口に鍵がかかっていて「御用の方はベルを押してください」という張り紙がしてある。商売する気があるのかないのか、不思議な店だった。狭い店内はフィドルやらバンジョーやらそれらのケースやらでいっぱい。お客が数名入るともう息苦しくなるような広さだった。ぼくのお目当てはバウロン(アイリッシュの太鼓)のバチ。バウロン自体は日本でもコマキ楽器に行けば手に入る(ぼくはそこで購入)。だけどバチの方は、楽器におまけでついてるちゃちいやつ以外なかなか入手する方法がなかった。それがこの店では何十種類の中からよりどりみどりである。大満足だった。

***

そんなふうにして最終日は過ぎていった。夜8時くらいになると、そこかしこのパブで生演奏が始まる。ぼくは1件のパブに立ち寄り、アイリッシュ音楽の生演奏を聴きながら(フルート×2&ギターの編成)、アイルランド対デンマークのサッカーの試合を横目で見ながら(前半途中でア4ー0デの圧倒的大差)、ギネスを2杯飲んだ。9時ごろ店を出るが、外はまだぼんやりと明るい。ヨーロッパは夜が長いのだ。このまま宿に戻るのももったいない。何かおいしいものを食べたいなあ。牡蠣なんて食べたいなあ。そんなことを考えながらぶらぶらレストランを物色して歩く。しかしなかなかめぼしい店が見つからない。気がつくとグラフトン・ストリートのはじっこまで来ていた。すぐ先には、リバーダンスを上演しているガイエティ・シアターがあった。最後に一目見ておくかなあ。そんな感じでガイエティ・シアターまで歩く。明るく照らし出された劇場前は、もうとっくに開演してるはずだけど、まだたくさんの人々が集まっていた。パンフレットを持って立つ黒服の売り子の姿もあった。ぼくが来た時と変わらない様子だった。「結局のところ、ダブリンでリバーダンスを見ることができてよかった」。ぼくは心からそう思った。

ガイエティ・シアターに背を向けて、グラフトン・ストリートに戻った。あたりはようやく暗くなっていた。歩いていた先に目を向けると、どこかから切り取られた絵画のように、そこだけ時間の流れが違うかのように、静かにアイリッシュ・ハープを弾く黒髪の男性の姿があった。線が細く繊細な顔立ちの青年だった。カーキ色のコートを着て、指先を切り落とした茶色い毛糸の手袋をして、静かにハープを奏でていた。それは星が降ってくるようなとても神秘的な音色だった。

ぼくは少し離れたところから彼のことをしばらく見ていた。15分くらいは見ていたと思う。だけどその間、誰一人として彼の傍らに足をとめる者はなかった。それでも彼は黙々とハープを奏でていた。歩道のゴミを収集する清掃車がゴーという音を立てながら彼の傍らを通る。ぼくの位置からハープの音はまったく聞こえなくなった。彼はふと手をとめた。そのすきに、ぼくは彼に近づいて声をかけた。

「こんばんは。日本の方ですよね? ぼく、あなたのことを知っています。日本の新聞かなにかで見て」

そう、ぼくは彼のことを知っていた。アイリッシュ・ハープに魅せられ、単身アイルランドに乗り込み、路上で演奏する日本人。ダブリンの吟遊詩人。どこかでそんな記事を読んだことがあった。はじめてグラフトン・ストリートに来た時、ハープを弾く日本人はいないか探したのだが、前述の通り、通りにはハープはおろかまともなミュージシャンすらいななかった。ぼくは軽く失望して、それっきりハープ弾きのことは忘れてしまっていた。その彼が、目の前にいた。

「へえ、そう」
やさしいようで、つめたいような、クールな返答。

「ハープやられてるんですよね。いつもここにいるんですか?」
「そうね、だいたい。昼間はうるさいでしょ、グラフトン・ストリート。だから夜このくらいの時間にね。いまもあの清掃車がうるさいから、行っちゃうの待ってるんだけど」
「ははは。たしかに」

たしかに、ハープの音は繊細で、シティーノイズに簡単にかき消されてしまう。他のミュージシャンたちも、おそらく昼間の喧噪を避け夜のストリートで演奏をするのだろう。昼間ちょっと歩いただけで「たいしたミュージシャンがいないな」なんて考えてた自分のツーリスト的短絡思考が恥ずかしかった。

「ダブリンにはいつ?」
「3日くらい前です。もう明日帰ります」
「そう。ダブリンはどうだった?」
「すごくいいとこですね。天気さえ良ければ」
「今日は天気良くてよかったね。昨日はものすごく寒かったけど。どこから来たの?」
日本です、と言いかけて言い直す。
「横浜です」
「そう、ぼくは東京だよ。ダブリン以外どこか行った?」
「昨日、キルケニーに」
「ずいぶん渋いね」彼は笑った。
「そうですね、でもきれいでよかったですよ」
「アイルランドには、なんで?」
すこし考えたけど、ぼくは正直に答えることにした。
「リバーダンスを見たくて来ました。もう、見ました?」
「そういえば、いまやってるね。前に見たよ」
「でも、なんか、がっかりでした」
彼は、意外だという顔をした。
「どうして?」
「なんか、もっとディープなのを想像してたんですけど・・・」
「それでもしかして、出てきちゃったの?」
「え?」
「途中で」
どうやら、リバーダンスの途中で会場を出てきちゃったのかということを聞いているらしい。ぼくの後ろのガイエティ・シアターの方を目でさしている。もしかしたらぼくがシアターのほうから歩いてきたのに気がついていたのかもしれない。
「いえいえ、見たのは一昨日です。最後まで見ましたよ」
「そう。そうねえ・・・、リバーダンスは完全にショーだからね。音うるさいでしょ」

この「音うるさいでしょ」という一言に、なぜかぼくは痺れた。リバーダンスを見て自分が感じたことをぴたっと言い当てられたような気がした。自分の中でもう折り合いをつけたつもりでいたけど、リバーダンスでがっかりしたことはぼくにとってはやはりショックなことだった。その思いを理解してもらえるようで、ぼくはとてもうれしかった。「この人とは感覚が通じるかもしれない」という確信にも似た思いを抱いた。

そのあともいろいろな話をした。パブ・クロールのブラッド&ランディのこと(ブラッドはほんとはティムというらしい)、おすすめのパブやミュージシャンのこと、グラフトン・ストリートにいるもう1人の不思議な日本人のおじさんのこと(ドジョウすくいのようなパフォーマンスをしている。ドイツやフランスをまわって毎年夏にはアイルランドに来る。相当に頭が良く博識だそうだ。まったく変わってる)。それからお互いのプライベートのことも話した。彼はかれこれ8年ダブリンに住みついているそうだ。夜はストリートに出たり他のメンバーとライブをしたり、昼はハープを教えたりしている。「気がついたら8年もたっててねー」と事も無げにいう。でも、会話のなかでぽつりといった「必死だからね」という一言に、彼の8年間のすべてが凝縮されているように思えた。単身異国で生活しながら、それまで触ったこともない楽器を習得し、極めていく。それを彼は8年間続けている。生半可なことでできるはずがない。

ふと西洋人の家族連れが通りがかった。3歳くらいの子供がハープに興味を示しているみたいだ。近づいてじっとハープを眺めている。「触ってごらん」と彼は言って、片手でハープをぽろぽろと奏でた。恥ずかしそうにためらっていた子供も、小さな手でぽろりとハープを撫でた。それを見て、彼はとてもうれしそうに微笑んだ。

「じゃあ、行きます」
ぼくは立ち上げって言った。
「次またどこでお会いできるかわかりませんけど、がんばってください」
「ありがとう」
軽く握手を交わしてぼくたちは別れた。

でも、この時の「がんばってください」ほど、ぼくは自分の言葉の軽さを痛感したことはなかった。彼はがんばっている。必死になってやっている。そんな彼に対して自分が「がんばって」ということにいったいどんな意味があるんだろう? そんなことを考えながらぼくは人気のないグラフトン・ストリートを歩いた。

***

そのあと、ぼくはテンプルバーの入り口近くにある「パレス」というパブに行った。「水曜日だからいいセッションがあるよ。たぶんティムも来るよ」と吟遊詩人が教えてくれたのだ。くたびれた赤いカーペットの敷かれた急な階段をのぼって薄暗い店内に入る。ちょうどセッションが始まるところだった。イリアン・パイプ(アイリッシュ・バグパイプ)&バンジョー&ギターのトリオだった。みずみずしくて力強くてすばらしかった(音楽の感動を言葉で伝えるのって本当にむずかしい)。

セッションが進むにつれ、楽器を持った若者が次々とやってきてその輪に加わった。でも、2時間待ったけれどこの日ティムは訪れなかった。そのかわり、黒髪で東洋人風の女の子がフィドルでセッションに加わっていた。

あとで判明したのだけれど、この子はなんと吟遊詩人の妹だった。しかも双子の。グラフトン・ストリートにいるハープ弾きの日本人の紹介でこの店に来たというと、彼女は「ああ、わたしその妹です」といったのだ。驚いた!

彼女ともいろいろ話をした。お兄さんに比べると気さくというかフランクな感じで、とても話しやすかった。「もう32にもなってこんなふうで、この先もノープランだし、親にすごく心配かけてると思う」。双子とぼくは偶然にも同い年だった。そしてぼくもこの歳になって結婚もせずぷらぷらして親には心配をかけている。双子がすごく身近な存在に感じられた。彼女のほうは、4年前に勤めていた貿易会社を辞めた。もともと海外に興味があったので、とりあえず観光のつもりで兄のいるダブリンに来た。そしてそのまま4年も居ついてしまった。フィドルも「音楽好きだったし、ああいうセッションとかやってみたかったから」という理由でダブリンに来てから始めた。まったく兄妹そろってファンキーである。御両親には心から同情したいと思う。

そんなふうに彼女と話していたら、ぼくは元気になった。さっきからのもやもやが晴れた。吟遊詩人に対して言った「がんばって」の意味についてである。答えは実にシンプル。誰かに「がんばってください」と言ったら、そのぶん自分もがんばればいいのだ。ジミーちゃんじゃないけど「お前もがんばれよ!」ってことだ。そう、がんばるしかない。

タクシー乗り場まで送ってもらって、吟遊詩人の妹と別れた。別れ際、ぼくは彼女に言った。
「さっきお兄さんにも言ったんだけど、がんばってね」
「どうもありがとう」
彼女は素敵な笑顔を返してくれた。

-- * -- * -- * --

翌朝、ダブリンはまたあの曇り空だった。ぼくはいつものようにアイリッシュ・ブレックファストを食べ、宿をあとにした。

短い滞在だったけど、毎日とても充実していてほんとうに楽しかった。とくに音楽のことではすごく刺激を受けた。双子との出会いも強烈だった。彼らのことはずっと忘れないと思う。ちなみにあとで調べたら、ぼくが日本で読んだ記事というのは NewsWeek 日本版(2007.8.15/22) だった。出発前にどこかで立ち読みしたんだと思う。だけど、これだけ表紙にでかでかと彼の写真が出ていて何の雑誌だったか全然思い出せなかったんだから間抜けな話だ。みなさんももしダブリンに行かれたら、ぜひ夜のグラフトン・ストリートにいって、彼のハープを聴いてみてください。アイリッシュ・ハープの音色ほど、夕闇のダブリンに似合う音はないと思います。

アイルランドにはまた近い将来行くことになりそうな。そんな予感とともに旅を終えることにします。

2007.08.21 | Posted by | 2007年 アイルランド

ダブリンから列車で2時間ほどのところにある、キルケニーという小さな町に行ってきました。

ダブリンのヒューストン駅からキルケニー駅までは片道22ユーロ。往復でも22ユーロ。え?と戸惑ってしまったのですが、片道でも往復でも同じ料金なのです。おおらかというかのんびりしてるというか、国民性がよく出てるなあと思います。

車窓から見る風景も実におおらかでした。ダブリンにいると意外に気づかないけれど、アイルランドは本当に緑が多く自然の豊かな国です。見渡すかぎりの田園風景。のんびり草を食む牛や馬や羊たち。「北の国から」のメロディが口をついて出そうになる光景です。

ガイドブックによると、キルケニーは「中世アイルランドの中心都市であり、アイルランドの中でもっとも中世的雰囲気を残している町」だそうです。12世紀に建てられたというキルケニー城ほか、数々の修道院などが町に点在しています。キルケニー城はまた広大な芝生の庭園を有していて、これが実にすばらしかったです。緑色の絨毯の向こうに古城がそびえる光景は、まさにアイルランド!という感じでした。空がくもっていたのが少々残念ではありますが(まあそれもアイルランド的ということなのかも)。

中心街は、色とりどりの間口をもつ商店が両脇に建ちならんでいてとても賑やかです。こじんまりしてるけど覗くと何か面白いものが見つかりそうな、わくわくする雰囲気が漂っています。歩きやすい、感じのいい町でした。お目当てだったビール「キルケニー」もばっちり飲むことができました。


夕方、ダブリンに戻り、中心街からは少し外れたところにある「The Brazen Head」というパブに行きました。ここは1198年創業というダブリンで最も古い店だそうです。1198年っていったら、日本だと鎌倉時代? そう考えるとちょっとビビりますね。店員さんが胸にでかでかと「1198」と書かれたTシャツ着てたのは笑えたけれど。

店内はさすがに雰囲気が良く、バーテンダーの手さばきも貫禄があります。パイントグラスにギネスを注ぐとき(暇なのでじっと観察してたのですが)、若いバーテンさんだと左手にもったグラスがあっちこっちふらふら動いて定まらないんですね。一方ベテラン格のバーテンダーはびしっと斜めに構えたグラスがぴくりとも動かない。その間も空いた方の手でカウンターを拭いたり客の注文を取ったり、グラスからは目を離しちゃうんです。おいおい大丈夫か?と思うんだけど、ちゃんと頃合いにはサーバのノブを立ててギネスを注ぎ終えるわけです。おみごと!

アイルランド音楽の生演奏もありました。店のすみのテーブル席に楽器をもった地元のおじさんたちが集まってるなあと思ってたら、やおら演奏が始まりました。別に客に聞かせてるというふうでもなく、テーブルを囲んだまま向かい合って演奏してたので、もしかしたらほんとに地元のおじさんたちが歌って楽器弾いて楽しんでただけかも。まあ、実際にはそんなことはないでしょうが、そう思わせるような力の抜けた素朴な演奏でした。すっかり酔いのまわった体に心地よく響きました。こんなのがパブ・ミュージックの原点なのかなあなんて思いました。

なんだか今日は1日、のんびりアイルランドでした。

2007.08.20 | Posted by | 2007年 アイルランド

朝から静かな霧のような雨が降ったりやんだり、あいにくの空模様。傘なんて持ってないので、ときおり商店の軒先で雨宿りしながら、ダブリン市街の西側地区を中心に歩く。

この地区のランドマークはなんといっても、世界に冠たる「ギネスビール」の醸造所。ここダブリンはギネスビールの発祥地である。1759年にアーサー・ギネス氏が地元の醸造所の賃貸契約(年45ポンド)を結んだのがそもそものはじまり。その10年後には自己流で開発した黒ビールをイギリスへも輸出。現在では年間4億パイントものギネスビールが世界120カ国以上で飲まれているそうである。いやはや。

醸造所の一角は、ギネス・ストアハウスとして一般に公開されている。煤けた7階建ての建物の内部はどっこい、どーんと天井が吹き抜けになったおしゃれで近代的な造り。1階は受付&グッズショップ、2階3階はギネスの歴史や醸造行程が簡潔に展示されている。目玉は7階の展望バー。ガラス張りのフロアからはダブリン市街を一望できる。見学者にはギネス1パイント無料でふるまわれる。空は曇ってたし街並みもたいしてきれいというわけではなかったが(そのあたりプラハなんかとは違う)、高いところで遠くを見ながらビールを飲むのってそれだけで価値ある!ような気がするから不思議。いずれにせよ、非常に洗練されたサービスである。世界企業のイメージ戦略はかくも盤石なりといった感じ。さすがである。

ギネス醸造所の近隣には、国立の装飾博物館や現代美術館などがある。ついでに足を運ぶが月曜のため休館。やれやれ。しかたなく界隈をぶらぶら歩いたのち、一旦帰宿。でもこのあたりの街並みは気取ってなくて生活感があって結構面白かった。

シャワーを浴びヒゲを剃りTシャツを着替えて、夕方また市街に戻る。いよいよ今晩、熱望してた「リバーダンス」を観ることができる。なぜリバーダンスなのかを書くと長くなるので割愛するけど、そもそも本場で生のリバーダンスを観たい、体感したいというのが今回の旅の1番の目的だった。その憧れのリバーダンスがいよいよである。

会場のガイエッティ・シアターは、やや小振りではあるけどオペラ座のような赤絨毯ばりでボックスシートもあったりして、なかなかの雰囲気。僕の席は2階後部中央の通路のすぐ横で、ややステージは遠いが会場全体が見渡せるポジション。隣りのおばちゃん(アメリカンサイズ)はものすごい勢いでポップコーンを食べているけど、まあシチュエーションは上々だ。座して開演を待つ。

客席暗転、ステージが蒼く照らしだされ、イリアン・パイプが鳴り響き、いよいよリバーダンスが始まった! わけだが・・・、結論から言ってしまうと(なかなか言いにくいいのだけど、でもまあうそついてもしょうがないから言っちゃうと)、ぼくとしてはかなり「がっかり」な内容だった。

一番がっかりだったのは、音。シンセ主体のサウンドをPA通してがんがんに鳴らすのだけど、ちっとも生演奏という感じがしない。一応舞台には5名ほどバンドメンバーがいたが、曲によっては当て振りか?っていう感じ。CDを流してるのと変わらない。会場に対して音がでかすぎる。タップの音がよく聞こえない。また、ダンスもアレレという感じ。とくに主役の男性がひどかった(代役か?と疑ってしまうくらい)。決めどころで体が止まらず流れてしまうから、ダンスがちっともしまらない。タップも動きと音がずれて聞こえる。そう、「動きと音がずれて聞こえる」! これにはまいった。ちゃんと調べてないからいい加減なことはいえないけど、タップの音も別録で当て振りしてるんじゃないかと勘ぐってしまった。

そんなわけで、1曲目の終了を待たず、ぼくはすっかり打ちのめされ、すっかり冷めてしまった。居心地が悪くてすぐにでも帰りたかった。こんなはずじゃなかったのに。。。

リバーダンスの名誉のためにいえば、客席はかなり盛り上がってたし、終演時はスタンディングオベーションだった。フィドルの女性は終止笑顔のまま複雑なメロディを流れるように奏でていて実に見事だったし(立ち姿もすっと美しかった)、2部のタップ合戦あたりはガチンコっぽくて楽しかった。フィナーレの出演者全員のタップだってたしかにすごいと思う。ただ、期待が大きかっただけに反動も大きく、また一旦冷めちゃうとなかなか回復することは難しいもので、結局ぼくは最後まで全然のめり込ず、終演後はやり場のない思いだけが残った。

いまは(これを書いてる時点では)だいぶ冷静になったので、客観的に分析できる。つまり、根本的にはその「ショー」に何を期待するかということだ。リバーダンスは、清潔で安全でグローバルに誰でも楽しめるタイプのショーなのだ。かつてどうだったかは知らないけど、少なくとも僕がみたリバーダンスはそういうタイプのショーだった。だけど、ぼくはそこにディープ・アイリッシュな何かを求めてしまっていた。昨日観たブラッド&ランディのライブの影響もあったかもしれない。だから、たとえがっかりしたからといって、それはぼくの側にもかなり責任がある。リバーダンス自体を批判するつもりはまったくないし、そもそもそんな資格もない。ただひとこと、ぼくはがっかりした。それだけ。

2007.08.19 | Posted by | 2007年 アイルランド

ロンドン/ヒースロー空港経由で、18日20時過ぎダブリン空港に到着。

ダブリンはあいにくの曇り空。日本に比べだいぶ涼しいらしいと聞いていたので、一応ジャージ1枚カバンにしのばせてきたのだけど、これが大正解。外はきりっと寒く日本の10月とか11月くらいの感じ。厚手のジャンパーを着込んでる人もちらほら。

空港からバスで市街の中心に出て、そこからタクシーで10分ほどで宿に到着。ダブリンの宿は軒並み値段が高く、また週末ということもあって、手頃な宿は街の中心からちょっと外れたところにしかとれず、少々心配してたのだけど、到着した宿は想像より立派な佇まいで、目の前にはスーパーがあって便利そう。部屋も十分に広くて清潔でひと安心。

時差の関係でものすごく眠かったが(日本マイナス8時間)、ダブリンにきたからにはまずはビールを飲まねば!ということで、宿に隣接のパブでご当地ビールを1パイント。薄暗いカウンター席の片隅でひとり静かに祝杯をあげてから、早々に部屋に戻って爆睡。


翌朝7時過ぎに起床。朝食は Full Irish Breakfast といって、目玉焼き・ソーセージ・ベーコン・マッシュルーム・焼いたトマトにトースト2枚とフルーツがついた、かなりのボリュームのもの。食材はどれも旨く、とくに脂少なめで肉のうまみがぎゅっとしまった肉厚ベーコンや完熟で青臭さのない果肉ぎっしりのトマトには感心してしまう。

朝食後、宿を出て中心街に向けて歩く。日曜の午前中、通りは閑散としている。石やレンガでくまれた街並みは、歴史的な重みとまではいかないまでもしっかりとした落ち着きがある。通りのわきのカレッジの芝生の緑が目に気持ちいい。

1時間ほどでダブリン中心街に出た。ぐっと重厚な建物が多くなる。相変わらずの曇天に肌寒さを感じながら、体を冷やさないよう歩き続ける。ダブリン城やオコンネル・ストリートやテンプル・バーなどリフィ川沿いの各所をまわり、パトリック大聖堂近くで昼食(ここのアイリッシュシチューも旨かった)。ギネスを1パイント。

午後もリフィ川の南地域を中心にだらだら歩く。ストリートパフォーマーで賑わうというグラフトン・ストリートにも行ってみる。路上でアイリッシュ音楽が聞けないものかと期待していたが、数名のマントマイマーと、退屈そうな顔でバイオリンを弾く少年と、へたっぴなソプラノリコーダーを吹く女の子2人組(足下にはバックパック。おそらく旅行者)。少々拍子抜け。夕方もう1度訪れたときにはフィドルとギターのアイリッシュミュージシャンがいたが、こちらも観光客相手のパフォーマンスというのが見え見え。フィドルを背中で弾いたり弓を足に挟んでみたりと芸は達者だけど、すぐに飽きてしまった。

夕方になると、街はより活気に満ちてくる。パブではサッカーやラグビーの試合をバックグラウンドに次々とパイントグラスにギネスが注がれる。パブは本当にダブリンの街のいたるところにある。日本であらゆる路地にコンビニがあるように、ダブリンには通り通りにパブがある。その中でも老舗の「The Oliver St. John Gogarty's」に行ってみた。観光客で賑わうテンプルバーの一角にある黄色っぽい印象的な建物。20時から生演奏が聞けるということなので19時すぎに入るが、すでにぎっしり満席である(といってもみんなカウンターor立ち飲みだけど)。

あとでわかったことだが、その日ぼくが見たのは「Musical Pub Crawl」という企画もののライブで、ダブリンにあるパブまわって(この日は2箇所)それぞれの店でビール片手にアイリッシュ音楽のライブを見るというものだった。ミュージシャンは、ブラッド・ピットそっくりのフィドラーとランディ・ジョンソン似のギタリストの2名。ランディの方は持ち替えでバウロン(アイルランド音楽で使われるフレームドラムの一種)もこなす。曲間のMCもランディの役目だ。アイルランド音楽の歴史などをジョークを交えながら実に軽妙なトークで語る。客は爆笑連発。そんないかにもパブらしいリラックスした雰囲気のなか、さまざまなタイプのアイルランド音楽が10曲ほど演奏された。

演奏に関していうと、特にフィドルのプラピのプレイにはほんとに胸が熱くなった。MCの間はギネスをぐびぐび飲んでランディに適当につっこみを入れてるだけのユルい兄ちゃん風情のブラピなのだが、そのプレイぶりは圧倒的だった。楽器に耳をあててその音色を探っているような独特のフォームで、体を小刻みにゆらし足でビートを刻みながら、徐々に演奏のテンションをあげていくさまが、ぼくらにもびんびんに伝わってくる。高まった感情が途切れることのないケルトのメロディとなって情熱的に発散される。彼自身が音楽になって表出し、ぼくらを巻き込む。その熱でぼくは完璧にノックアウト。なぜか涙がこぼれそうになりながら、一緒に足を踏み鳴らしアイルランド音楽に酔いしれた。ランディの情熱的で緩急自在のギターもみごと。

すっかりしびれて頭がぼーっとした状態でバスに乗り帰宿。お金のこというのもあれだけど、これだけの演奏でたった12ユーロである。たしかにパブと音楽の街だなあと思う。

2007.08.18 | Posted by | 2007年 アイルランド

ものごとには、「タイミング」というものがあるようです。


アイルランドという、小さくていささか地味な国。
とある理由で、ぼくはぜひこの国に行ってみたいと思っていました。

今年のゴールデンウィークに行くつもりで、
ガイドブックなどを買ってしっかりイメージを膨らませていたのですが、
ほかの予定が重なってスケジュールがとれず、
結局、計画はお蔵入りとなってしまいました。

アイルランドには縁がなかったのかなー。
今回逃したら、もう一生アイルランドには行くことがないんだろうなー。

そのときぼくは、そんなふうに思っていました。


それっきり、アイルランド行きのことなどすっかり忘れていたこの夏。

ところが、ある素敵な出来事がきっかけで、
またぐっと、眠っていたアイルランド熱に火がつくことになりました。
そして、おりしも目前には、スケジュール未定の1週間の夏休み。

いまがアイルランドに行く、ラストチャンスかもしれないなー。

そう思い立ったら、いてもたってもいれません。
あわててHISに駆け込み、3日後出発の航空券をゲット。
あれよあれよという間に、こうして成田空港までやってきてしまいました。

ものごとって、タイミングがあうと、
こんなふうにあっという間に進むものなのかもしれませんね。


アイルランド、まずは「パブと音楽の町」、ダブリンへ!

2008年07月02日
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
Monthly Archives
Category Archives